月を抱いて、生きる。

月の盾 (電撃文庫)

月の盾 (電撃文庫)

自分だけの「色」を持つ少女・桜花。彼女が描く絵にまつわる幸せと不幸の物語は、魔法も超能力もありませんでした。むしろ、それにも勝る「奇跡のような絵」の描写が珍しくもお話めいて。一枚の絵が人を深く傷つけ、癒す…現実にありそうでなさそうな設定が何とも幻想的な雰囲気を醸しだしてます。
それと、読んでてフッと思い浮かんだお芝居が一つ、野田秀樹演出による大竹しのぶのひとり芝居『売り言葉』。内容は、高村光太郎の『智恵子抄』を痛烈に皮肉った作品で、智恵子の生涯と晩年の狂気に侵される様を大竹しのぶがものの見事に演じきるのですが、その中で、智恵子が色覚異常である為にデッサンが良くても色を塗ると全然駄目…という場面があります。彼女の芸術家としての挫折は学生時代からも、また結婚してからも続くのがやり切れない。
ならば、「月の盾」作中の桜花はどうか?絵描きとして天才、色を認識できないハンデは逆に、彼女でしか表現できないものとして乗り越えていく…文中の表現を借りるなら、まさしく運命の歯車が良い方向に噛み合った、と。しかし、真に重要な要素は彼女の隣にいた人物、暁の存在でしょう。彼の導きやまわりの良き人間関係が、桜花を守り、優しく育てていたのがとても印象的なのでした。
一方の『売り言葉』では、互いに芸術家として高まっていこうとしながらも、デッサンが良い以上の言葉は出なかった光太郎。智恵子抄での有名な一節、檸檬の香りが彼女をふと正気に返らせるという、非常に詩的な最期で美しく幕を閉じつつも、現実はどうだったのか?という疑問を投げかける事に。色がどうこう言う前に、支えになるべき人の言葉や態度が、彼女たちを時には狂気に走らせるのかも知れません。
そんなこんなで、ちょっと珍しい一冊完結の少し悲しい、でも少し優しい物語でした。まあ一つ言わしてもらえば、暁クンの主人公属性のあざとさに思わず苦笑ってところ。あそこまで言われて気づかないのはギャルゲーあるいはファンタジー。そこだけ気になってしまった…。意外とさくさく読めるのは良いんですけど。