呼べども もう還らぬ過ぎし愛の時 忘れないでいて 二人の日々

“文学少女”と穢名の天使 (ファミ通文庫)

“文学少女”と穢名の天使 (ファミ通文庫)

悶絶。この巻のレシピは大好物が目白押し!で、遠子先輩があらすじと「味」を語る度に涙が流れて止まらなかったです。しかもオペラからは『椿姫』に『トゥーランドット』まで!オペラ入門にもピッタリではないですか。特に『椿姫』は、文学少女読んで興味は出たけどオペラは眠くなるし堅苦しい…と思っている人にオススメ。椿姫と夕歌のラストが非常に美しく重なり合っています。
文学作品からは、何といってもディケンズ!いやー待ってました。2作目の『飢え渇く幽霊』がエミリー・ブロンテの『嵐が丘』だった事に狂喜乱舞して以来の感覚。おまけにチラッとチェーホフの名前まで出てきて、今とてつもなくチェーホフ作品が読みたくて堪らない症状発動です。でも図書館GWで開いてない!シット!
そして最大のモチーフである『オペラ座の怪人』。遠子先輩に跪いて、うっかり全てを捧げそうになりました。ファントムは存在しています、全ての『オペラ座』の物語を読んだ読者の心の中に潜んで。エンジェル・オブ・ミュージックでありファントム・オブ・ジ・オペラである人間の在り様…そして愛を持って。そんなファントムの愛を、今回の事件の当事者と物語を読む我々の前に示してくれた事がとても嬉しかった。『オペラ座』ファンとして、文学少女のファンとして。
さて、実際のところクリスティーヌはラウルを選んだのか?この問いかけは『オペラ座の怪人』を語り、議論する上で欠かせない命題です。例えば、ミュージカル版・映画版ともにクリスティーヌはファントムへと指輪を返し、ラウルと共に「どんな時でも君を愛する」と歌いながら闇の王国を抜けていきます。そしてファントムは「我が愛は終わりを告げる」と姿をくらます…というラスト。書いてるだけで涙が…。しかし実は、肝心の指輪のエピソードが、「心は貴方のものです」と渡しにきたように見えて仕方ないのもまた事実。音楽を通じてのファントムとクリスティーヌは間違いなく愛で結ばれていました。醜い正体を知り怯え、遠ざかろうとするクリスティーヌですが、ファントムの歌声を聞く度に惹き寄せられ、愛そうとします。本当のクリスティーヌの心はどちらにあったのか?無難に答えると、「どちらも」愛していたのでしょう。でも、本当の本当に?この問いかけは、長らく我々を悩ませ、楽しませてくれるのでした。
そんな中、今回の『文学少女』では、琴咲ななせがラウルという立ち位置で非常に新鮮です。作中でも心葉が言及してますが、ラウルはとんでもなくヘタレです。特に、最新版の映画ではヘタレっぷり極まりなく、ミュージカル版では最大の見せ所であった地下でのやり取りの場面でも遠慮なくヘタレていたので思わず「このヘタレ野郎!」と毒づいてましたよ、スクリーンに向かって。でも、客観的には危険をかえりみず恋人を助けようとする真っ直ぐさを持つ人間でもある訳で。そうでなければクリスティーヌが最終的にラウルを選ぶ筈はないですし。そういう意味では琴咲さんが非常に美味しいポジションになったとも言えます。当然この場合のファントムは文学妖怪と病んでる元カノですな。ゾクゾクします。
それだけでなく、夕歌にとっての琴咲ななせはクリスティーヌにとってのメグ・ジリーであり、「音楽の天使」にとっての琴咲ななせはファントムにとってのクリスティーヌであり、心葉にとっての琴咲ななせはラウルにとってのクリスティーヌであり…正しく琴咲さんこそが『オペラ座』のヒロインにふさわしい構成にもうウットリ。本当にご馳走様でした。とりあえず、次の巻は冬休みでじっくりと2人の成り行きを描くだけでも良いな…と思いつつ。