大人しくて小さな可愛い黒猫さ

荒野の恋〈第1部〉catch the tail (ファミ通文庫)

荒野の恋〈第1部〉catch the tail (ファミ通文庫)

鎌倉で江ノ電で、海を歩いて…物語にされるとどうにもこうにも弱い。弱いというのは、つまり憧れ。少なくとも創作上においては、恋にぴったりのロケーションなのかも知れない…とぼんやり考えつつ読んでみました。
『恋の3部作』の第1部、という事で…ってこの作者さんもしかして女性!?帯の応援メッセージ見るとそれらしい表現なんですが。うーん気付かなかった。それはさて置き、冒頭の短い文章から漂ってくる追憶の中の荒野が主人公かと思うと、なかなかグッとくるものがあります。表紙絵の、少しぼやけてセピアがかった雰囲気も今よりは昔の写真というイメージがあるなぁ、と。それから、過去を思い起こさせるものは「匂い」。これは漫画か何かでそんな台詞を見た記憶もありますが…それでも少女が感じ取る匂い、ってのは少しドキドキしてしまうかも。
そう、何が良いって言うとそのドキドキ感。着物の細やかな表現も、女の子達の秘密の会話も、男子生徒の「あー、あったあった」的な発言も、際どいと言えば際どいんですが。荒野の思考や視点が中学生そのもので表現されちるせいか、読んでいるこちら側も自らの時代に立ち返っている感覚があります。そこにあるのは、欲望に直結するような妄想ではなく、昔の淡い思い出である訳で…モヤモヤとした何か。
その辺り、荒野は「恋のしっぽ」を掴んだ、という言葉で表現しています。親友の江里華やドキドキのお相手・悠也などは、恋とは「性欲をともなう強い好意」「所有欲」であるとサラリと言ってのけますが。こういった言いきりの危うさも、荒野の本能的なアプローチ(何かにつけて匂いを嗅ぐ)も、若くて幼くて微笑ましい。一方、それだけでは終わってくれない周囲の状況の複雑さが絡まって話が進んでいくのが痺れますわ。思い通りにならない恋(未満)のもどかしさが堪りません。それは荒野を取り巻く大人達も同じですが、こっちは逆にファンタジーちっくに感じてしまいました。
2部以降、すんなりと再会して始まるのかそれともガラリと回りが変わってしまうのか…どちらでも面白いんでしょうが。大人しめ・でも意外と強気で大胆・触れ合いは苦手な荒野がどう変わるか…それが一番の焦点になるかも知れない、かな?とも思いつつ。