エロゲを売ってラノベを買おう

  • そんな僕らが読むのは『とらドラ!』だったり『DDD』だったり、というお話。


最近エロゲはつまらない、だからエロゲを捨て街に出てラノベを読もう!…と決心した訳でもないのに、年に数本やるかやらないかというエロゲに年三桁読破もザラにあるライトノベル。この変化の根底には、エロゲシナリオに通じた作風の小説が多いからか、あるいはエロゲあがりの作家さんが増えている事などが関係しているのか?いないのか?
むしろ、エロゲの方に変化が訪れているのかも知れない。ゲームだから売れる『戦国ランス』はわかりやすい現象だとして、印象に強いのはminoriの『ef』。このメーカー作品においてムービーを目当てに買った事は一度もない自分ですら、『ef』のデモムービーは強烈なインパクトを与えてくれた。仮に、この世界観をテキストが2%しか伝えられなかったとしても構わないとさえ。…という訳で、早く買わんとなエフ。
つまり増える一方のテキスト量に辟易→ラノベくらいの文章量が良いや…となるのか?いやさ早計。増えたテキストボリュームを如何に魅せるか?そこを問題にして欲しい。どうか、「気が付けば朝」的求心力をエロゲにもう一度。重要なのは「気が付けば」の部分。ムービーのインパクトと軽妙さでシナリオの量を感じさせない基本戦略に何か+αを。声?声は今や重要な要素かも知れない。しかしボイス量=テキスト量な事を鑑みれば、並みのメーカーでは御しきれない難しさが潜んでいるだろうし、結局は極まったタイトルにしか手を出さなくなる遠因にもなり兼ねないのではなかろうか?
ゲームはDS/Wiiに、エロゲはラノベに。世間の流れはライトに、である。エロゲの濃さを、ゲームのやり込み要素を、膨大なテキスト量の耽溺を、もう一度実感するにはどうすれば良いか?ここいらが考え時ではないのか。ゲームは既に、『アイマス』という一つの形を提示してくれたと思う。次はエロゲーの番だ。「総プレー時間数100時間!」などと謳っていいのはタイプムーンだけなのである。そこまでいかなくとも、そんなニュアンスで誇るのは如何にもマズい。仕込んだテキスト量という「牙」を隠してお届けしても、実はプレーヤーは困らないんじゃないか?もっとカオスを見せてくれ、とばかりに手足を思い切り振りたい頃なのである。
一方、エロゲ出身の作家については実は何も言う事はない、だって読んで面白ければそれで良いで済ませられる形態が本でありライトノベルであるのだから。『とらドラ!』歓迎、『DDD』歓迎なのだった。